雨川先生と担当編集Sの出会い~刊行決定を教えてください。
編集部では、日々小説投稿サイトのランキングを参考にしながら作品探しを行っています。小説投稿サイト「小説家になろう」での作品探しの中で『ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する』(以下、ルプなな)はPV数も多く、ランキングも上位で、間違いなく注目の作品であると認識していました。その当時、2020年4月からオーバーラップノベルスfという、女性読者を想定したレーベルを創刊し、ぜひとも『ルプなな』を弊社から刊行したいと思いましたが、一方で確実に他社との競争になると想定していました。すぐに運営会社様経由で書籍化オファーを行なったところ、雨川さんの元へその打診が転送された即日に、昼休み中の雨川さんから「私、今日は仕事でオーバーラップさんの近くに居るのですが、直接お話をお伺いしていいですか?」と連絡がきました。
Sさんからの返信も早かったですね。「今日の18時以降、何時くらいがいいですか?」って、すぐに打ち合わせスケジュールが決まって(笑)
雨川さんのお仕事が終わった後に、会議室に来ていただいてお話をしました。
本作は有り難いことに、色んな方からたくさんのお声かけをいただいて……。仮に書籍化をさせていただくとしても、どの出版社さまにお願いするべきかを深く悩んでいました。そんな中、Sさんから打診がきたんです。順番だけでいうと、オーバーラップさんは後の方に依頼をくださった会社さまでしたね?
そうですね。他社さんも注目の作品ですから、打合せにはしっかりと提案書を作ってから臨みました。
メールの段階で、他社さまとは書き方が全然違っていたので……(笑) 私の会社員の本業は、こうした提案やプレゼンのやり方をすごく重視する職業なのですが、その視点から見てもすごく面白いメールの内容だったんです。これはメールや電話の打ち合わせを重ねるのではなく、是非お会いしてお話を聞いてみたいなと思いました。打ち合わせ中、気付いたときにはオーバーラップさまで書きたいというお返事をしてましたね。あれはなんの魔法だったの?
どの作家さんと打合せをするときもそうなんですが、とくに初対面で直接お話しするときは、その方がどんなことを大事にしているのかなどをお聞きし、こちらも真摯に向き合いながらお話をしています。雨川さんはそのポイントが分かりやすかったですよ。正しい向き合い方というものは存在しないですが、相手の方に合わせて、その都度ベストのやり方を探すことが重要ですね。
あの打ち合わせ、昨日のことのように思い出せます。何を喋って何を聞いたのか、未だに全部覚えてる(笑) それまであんなに書籍化について悩んでいたのに、結論を持ち帰ることもなく……。
そうでしたね。会議室で終わりました(笑)
会議室で終わりました(笑)
『ルプなな』第1巻のストーリー展開は、他巻と比べると恋愛パートが控えめですが、ストーリーパートと恋愛パートのバランスはどのように調整していましたか?
物語の始まりは、読者さんにとっては初めて出会うキャラクターと物語なので、今何が起きているのかを把握することのほうが重要です。この作品の場合、リーシェの目的は「ループ7回目で今度こそ長生きしてゴロゴロ生活する」こと。その目的を達成するために違うルートをたどった結果、いつも死の根幹に関わっているアルノルトに求婚される。そして、「自分の死の理由を知るために、アルノルトの人間性を探る」ことになる。その性質上、調査パートが前面に出たように見えますが、どうですか?
アルノルトというキャラクターの重要な部分は、ミステリアスで底知れないからこそ、リーシェが知ろうとしなければ何も分からないところです。だから登場してすぐは、登場回数すらも極限まで絞ろうと思って……。リーシェが何か頑張った後にしか会えない、そんな存在として書いてみていたので、恋愛パートは敢えて回数は少なくしました。
もちろん急にイチャイチャさせようと思えばできますが、ふたりはお互いに秘密があって、相手に心の底を見せないですものね。
『ルプなな』の主人公であるリーシェとアルノルトのキャラクター戦略について、お二方で考えていたことはありますか?
①アルノルトのキャラクター像について
実は、私は作品作りにおいて、編集さんに内容などを相談することはほぼないんです。いつも、次はこういうのを書こうと思っていますという報告だけで……。ただ、アルノルトという人間の在り方については、Sさんに何度か相談したことがありますね。私に迷いがあったからなのですが、その結果ばっさり反対されました(笑)
基本的には雨川さんに思いっきり書いていただいていますが、アルノルトの格好良さに関しては、私たち編集部にもこだわりがありますからね。アルノルトは誰が見ても完全無欠に格好良くなければいけないので……。
御社の偉いおじさまたちにも、アルノルトの格好良い表現に関してコメントをいただくことがありますもんね。
そうです(笑)
女性だけでなく男性から見ても、文句なしにかっこいいヒーロー像にすることは気をつけて書くように、というアドバイスは日頃からいただいています。
②リーシェのキャラクター像について
このお話は「ループして、何回も殺されてしまう主人公」で始まります。だから、そんな悲劇の中でも明るくカラっとループするヒロインにしたいなと思って書きました。
リーシェはなんでもできる女性です。ハツラツとして、自発的に行動できるキャラクター性だったりする。そしてその反面、無敵すぎるんですよね。弱みを相談できる相手が存在しないので、友人を登場させる予定はないのか確認しましたよね。
そうだそうだ(笑) そのご指摘を受けて、5巻で登場する女の子は、当初の予定よりも更にリーシェと色んなお喋りをさせました。
アニメ版のリーシェに関してはそういった点で、アニメ制作に携わっていただいたスタッフの皆さんとも悩みながら、アニメのシナリオを作り上げていきました。雨川さんのあずかり知らぬ部分で、シナリオ会議などで頭を悩ませていたところはあります。アニメはどうしてもシーンのカットが発生するので、その再構築にあたって、他作品だとストレートに解決できる部分に工夫が必要になって……。
『リーシェは気配が読めちゃうので、急に誰かが現れるシーンでも驚きがなく、メリハリが出ない』とかですよね? 小説で書いていてもよく悩みます。
そう、ドラマを構築しづらい。アニメのリーシェにどこまで制限をつけて、尺の兼ね合いなどとどう落としどころを探していくかは、よく議論になりましたね。
私の方からも、無敵に見えすぎないようにしたいってご相談しましたよね。皆さま完璧に表現してくださって……
道筋を明示してくださったので、アニメ制作陣としても定まったところはありました。
私の好きなヒロイン像は、「憧れ」と同じくらい「共感」がある女の子です。なので、目標にしていただけるような強さを書くのと同じくらい、愛すべき欠点や可愛らしいツッコミどころを盛り込めたらなと思っています!
③アルノルトとリーシェの関係性について
書き始める前と、実際に書いてから変わったところとか、ありました?
リーシェは最初、アルノルトに対して割とすぐに敬語を話さなくなる想定だったのですが……。
モノローグぐらいでしか砕けた言い方をしないですよね。
アルノルトが強すぎて全然リーシェの警戒心が抜けませんでした。その警戒が消えるのと入れ違いのように、アルノルトへの尊敬が芽生えてしまい、結局そのまま敬語が抜けず今に至っていますね。
『ルプなな』制作の裏話
雨川さんが一番悩んでいたのは2巻ですよね?
そうですね……。すべての軸を同時に解決するために、私自身が勉強しなくてはいけないことがすごく多くて……。錬金術や薬学、トレーニング理論や時計学など、全部を作品に活かせているかはともかく、知らないと触れられないので……。
作品の世界にある技術、ない技術の選定も必要でしたものね。史実の中で火薬の誕生がないまま技術が近世レベルまで育ってきた世界での発展具合や、外科的医療の位置付けとか、医者と薬師の違いの設計とか。
アルノルトを技術面だけでなく、心情面で納得させるために、色んな補完が必要で……。この技術があるならこういう部分は実現できると思うという想定もしなくてはならず、小説を書いていた時間よりも図書館に居た時間の方が長かった時期です。Sさんが教えてくださった本、すごく参考になりました!
なんやかんや、無事に花火が上がりましたね。
上がりました。
担当編集Sに質問です。雨川先生の「作家として最強だ」というポイントを教えてください。
雨川さんの「作家として最強だ」と思うところは、緻密で引き込まれるストーリー展開ですね。転生ものや悪役令嬢という人気なジャンルを独自の視点で描いて、読者を飽きさせない能力がある。ここがやっぱり得意なところかなと思っています。また、強い美少女が活躍するというような物語が多く、有能なのに生きにくそうな美形男子を振り回すというキャラクターデザインが非常に特徴的だなと感じています。あとはSNS(X)の運用ですね。SNSでの宣伝やファンサ―ビスというところで、積極的に読者さんと双方向的なコミュニケーションをとることは、熱量がないとなかなかできない。ここも非常に尊敬している、最強だなと思うポイントですね。そういったコミュニケーションからも熱心なファンが生まれていると思います。『ルプなな』のメディアミックス作品に関しても、読者さんが「楽しみたい」という想いを持って作品に触れてくださっているのも、雨川さんの熱量があってこそ成せることだなと思っています。
もしかして褒められてますか……? 普段塩対応されてるので落ち着かない。怖い。ありがとうございます。
雨川先生に質問です。担当編集Sの「編集者として最強だ」というポイントを教えてください。
編集者という広い目線で見ると、私のやりたいことを世界に届けてくださる最初の懸け橋になってくださる方で、作品の一番の味方である人ですね。
時には敵になりますが(笑)
それはお互い、より良い作品にするために話し合うことはもちろんありますが(笑)そのために、時には作者の敵になることはあるかもしれないですけど、決して作品の敵にはならないですよね?
ならないですね。
『作品のために』という同じゴールに向けて、私の挑戦を冷静にジャッジして、助けていただける存在です!
そうありたいですね。
編集者として作家に助力するためには、どんなスキルが必要ですか?
なんでも必要だと思います。フィクションという世界において、何の知識があっても困らない。使うかどうかはさておいて。
Sさんの知識量、すごいですよね。作中に出てくる仕掛けや伏線なんかも、私が何も説明しなくても「これってこの話だよね」って正解しますし。私は資料を読み込んで調べたり設計してるんですが、どうしてそれを既に知ってるの……? 趣味で調べてるんですか?
趣味です。どんな雑学でも作家さんの助けになる可能性があるので、幅広く自分の可能性を狭めず……。自分の「これしかやりたくない」を無くしていくほうが良いような気がしていますね。
私がちょっとしたときに困っていても、Sさんの豊富な知識やさりげない一言で、新しいひらめきを与えてくださることもあります。今まで生きてきて身につけたスキルが、何一つ無駄になっていない。好奇心をきっかけに得た知識やスキルが、こうやってお仕事に活かされる……ちょっとルプななっぽいお話ですね。
作品制作における編集者の影響力について
私はほとんど編集さんの意見を取り入れないタイプではありますが、時として編集さんのアドバイスは、作品にとっても大きな影響を与えることがあることがあると思います。作品の良さを引き出しつつ、作者さんが書きたかったものの本質を歪めないままより良くしていく改稿は、どんな工程を通るんですか?
たとえば新人作家さんから改稿の相談を受けたとき、その作品で一番書きたかったことは何かを確認することは多いです。要はリバースエンジニアリングですね。プロットの段階まで戻って、書きたいこと、やりたいことを一緒に突き詰めていきます。どうすれば個々のキャラクターの心情が伝わりやすくなるか、そのために最適なエピソードは何か……たとえ当初の内容とまるっきり変わることになっても、そうすることで、本当に作家さんが書きたいものを実現できるかなと。
本当に書きたいもの。作家さんによって、テーマが多岐に渡りそうなお話ですね。
そうですね。色々な作家さんがいるので、一人ひとりに作り方のバリエーションがあるかなと思います。
ふむふむ。
対して企画から作品を作る場合は、作家さんが書きたいものという視点と、編集者から見て実現可能かという視点の兼ね合いを図りながらストーリーを作っていきます。
編集者は作りたいものを作れるか?
この対談の前に、今年オーバーラップさんに入社した新人編集の皆さんに、「どうして編集になりたいと思ったか」という質問をさせていただいたのですが……皆さんからそれぞれ「作りたい本がある!」という情熱あるお返事をいただきました。とはいえ、作家の私にとっての「作りたい」と編集さんにとっての「作りたい」には、違いがあると思います。どうしたら皆さんの「作りたい」を叶えられるのでしょうか?
たくさんのことを知るのが、筋道のひとつだと思います。たとえば流行という視点でもそうですね。今の時代に世界で起きていること、社会で起きていること。いつの時代も世の中に愛される題材もあれば、その時代に強烈に愛されるものもある。それらに関心を持って学び続ける中で、自分が世界に届けたい作品を、どう広めることが出来るのかのヒントも見えてきます。実際に世に出なければ分からないことも多く、すべてに確証を持つのは難しいですが……
なるほど! オーバーラップの編集さんになれば……
作りたいものをどのように世界に届けるかというノウハウが……
オーバーラップなら……!?
私に限らず、いろんな先輩社員とともに学べます!